定年対策としてのマイクロ法人
なぜ「定年後」の男性は悲惨なことになるのか イキイキしている人は2割未満(東洋経済オンライン 2017-6-27記事)
” そう考えていても、実際に定年を迎えると、思っていたほど楽しめない人が多いですね。ある人は定年後に地元に帰り、趣味であるゴルフ三昧の日々を送ろうと、ゴルフ場の会員権を買いました。すると、そのうちに「ゴルフが難行苦行のようだ」と言うようになったのです。
結局、その人にとってゴルフは、会社の仕事があるからこそ成り立つ趣味だったんです。仕事の合間にあくまで「気晴らし」として楽しんでいたので、それだけになるとしんどくなる。一方で、定年後に趣味の釣りにますますのめりこみ、毎日夢中になっている人もいます。自分の趣味が気晴らしのものか、本物なのか、定年になるまでわかりづらいですが、単なる気分転換の趣味だったと気づいてから初めて次のステップに進む方も少なからずいます。”
こじかの実家は代々自営業を営んでいます。明治生まれの祖父は80歳の時に現役の社長として死にました。出張当日の朝に寝床で倒れ、その日うちに死にました。恐らく、本人が望む生きざまだったと思います。
こじかの父は現在75歳を超えました。自身の社長交代や相続で苦労したこともあり、早々とこじかの兄に社長の座を明け渡し、午前中に新聞を読み昼には帰宅するというお気楽な名誉職として、週に一度のゴルフ三昧です。ふらっと一人でゴルフ場に行くような父ですから、ゴルフを心底楽しんでいるようです。記事のような苦行感はかけらもありません。
こじかは48歳のサラリーマンです。祖父や父のような生き方を理想としていますが、サラリーマンには定年があり、容易に真似できません。サラリーマンでありながら自営業的な生き方が出来ないか? この問題のひとつの解決策がマイクロ法人だと思いました。一年以上かけて妻を説得し、サラリーマンの身分はそのままに、今年マイクロ法人を設立することが出来ました。
こじかは埼玉県のベットタウンで暮らしています。暮らすと言っても夜寝に帰るだけの生活で、15年以上地域社会とは断絶した生き方をしてきました。それがマイクロ法人を設立してからは、積極的に地域社会と交流を持つようになりました。
仮に、こじかの年齢が60歳を超えていたら、地域社会との交流も今のようにはいかなかったと思います。60歳以上ではいかにも定年退職で居場所がなくなりました感があり、地域社会の方たちも近づきづらいはずです。地域社会との交流は30代や40代からスタートすれば、地域社会への貢献度も高く、地域社会の担い手として期待もされます。
定年退職まで10年以上ありますから、ゆっくり時間をかけてマイクロ法人を成長させ、同時に地域社会との交流を深めていこうと思っています。
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