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10月, 2017の投稿を表示しています

定年後の自由は人生の理想

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「一人ぼっち」で過ごす定年退職者の哀愁、午前中の図書館、カフェ、ジム…(ダイヤモンドオンライン 2017-10-11記事) ” それぞれの場所における男性定年退職者の特徴を一言で言うと、一人ぼっちだということである。午後になれば高齢者のグループがカフェなどで話している姿を見ることがあるが、それは稀なケースだ。カルチャースクールの講座にも行ってみたが、女性はグループでワイワイ楽しそうにおしゃべりをしているが、男性はやはり一人でいる人が多かった。  もちろん一人ぼっちであることに問題があるというわけではない。一人でゆったりと時間を過ごすことが心地よい人もいるであろう。人と群れることを好まない人もいるに違いない。どちらかと言えば、私も一人が好きなのである。  ただ、定年退職者を取材した時に、私の問いに正面から答えてくれた人たちのなかには、「毎日やることがなくて困っている」、「一番自由な今が一番しんどい」、「家で居場所がない」、「暇になったのに焦る」、「嫌な上司もいないよりはマシ」などと語られることがある。なかには「このままの毎日が続くと思うと、自分の人生は何だったのかと思うときがある」とまで発言した人もいたのである。”  引用先の記事の通り、一人ぼっちであることは問題ではありません。こじか自身も長時間にわたり濃厚な付き合いをすると疲れるタイプで、適度に孤独であることを好みます。  60歳で定年を迎え働かずに悠々自適な生活を送れるというのは人生における一種の理想。この自由な状況を喜び有意義に使う人たちは沢山いて、大都会から住宅地、自然豊かな場所などあらゆるところで生き生きとした姿を見ることが出来ます。そういうシニアをとても羨ましく思います。  恐らく記者が取材したのは自由な状況を楽しめない人たちなのでしょう。このような人たちが一定数存在するのは事実で、こじかも宅建の勉強で図書館通いした時にたくさん出会いました。居眠りばかりしていて本当につまらなそうです。  一部の定年退職者に哀愁が漂うことは事実だとしてもシニア全体でみれば少数派ではなかろうかと思います。大多数のシニアは自由を謳歌するか働いています。働けば孤独は解消されるので、そもそも問題として認識するほどの事象ではありません。

マンション破綻の原因は無知と無関心

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9割以上のマンションが「修繕積立金破綻」の危機、回避の秘策は(ダイヤモンドオンライン 2017-10-11記事) ” なぜ破綻が目に見える長期修繕計画が横行するのか?  それは、購入者には知られたくない不都合な事実、業界の裏事情があるからだ。新築マンションの販売時は、マンション購入金額に付随する管理費などの費用は、販売のしやすさを考えればできるだけ抑えたい。  そこで販売側は、売るだけの事を優先して、将来の大規模修繕工事の修繕費を考えず、低額の積立金を設定しているのだ。購入の数年後に突きつけられる値上げや一時金の要請を認識している購入者は皆無だ。管理費積立金の総額しか見ないから、そんな商売が成り立つ。これは無知に付け込んだ、計画倒産ならぬ「計画破綻」というほかない。30年後にマンション管理組合が破綻しても、販売会社は咎められない。管理会社にとっては逃げ出せばいいだけの泥舟だ。全ては住民の上にのしかかってくる。  私が見るところ、今後30年間で修繕積立金を値上げせずに破綻しない健全な長期修繕計画を持っている管理組合は、全体のおよそ3%に過ぎない。”  こじかもマンション住民として考えさせられる記事でした。日々の忙しさを理由に総会の議案をろくに読まなかったり、総会へ出席せずに委任状で済ませたり、自分の最も重要な資産の管理なのにどこか他人任せだったりします。  所有者の無知につけこんで甘い汁を吸い続ける管理会社も悪いのですが、その管理会社をのさばらせているのは、こじかのような無関心と他人任せな態度であるとただただ反省しています。  こじかが今住んでいるマンションは建築から20年近く経過しました。管理組合は持ち回りで、2~3年の間に出番が回ってきそうです。これまでの態度を改めて、マンション管理を真剣に勉強しようと思います。知識こそが管理会社を上手に利用する最良の策だと思います。

日本人は「人事部」が大嫌い

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日本人は「会社が大嫌い」で「会社のことを信用していない」 橘玲の「幸福の資本論」 (ダイヤモンドオンライン 2017-10-4記事) ” これまで「日本人(男性)は会社に強い帰属意識を持っている」とされてきましたが、最近になって、社員の会社への忠誠心を示す「従業員エンゲージメント」指数が日本は先進国中もっとも低く、サラリーマンの3人に1人が「会社に反感を持っている」とか、日本人は「世界でもっとも自分の働く会社を信用していない」などの不都合な調査結果が続々と出てきました。(中略)  最近ようやく指摘されるようになりましたが、日本経済のいちばんの問題は労働生産性が低いことで、OECD34カ国中21位、先進7カ国のなかではずっと最下位です。日本人は過労死するほど働いていますが、一人あたりの労働者が生み出す富(付加価値)は7万2994ドル(約768万円)で、アメリカの労働者(11万6817ドル)の7割以下しかありません(2014年)。これは日本人の能力がアメリカ人より3割も劣っているか、そうでなければ「働き方」の仕組みが間違っているのです。”  社員の会社への忠誠心を示す「従業員エンゲージメント」指数が日本は先進国中もっとも低いのには強く頷きました。こじかは20年以上勤務する会社に対して忠誠心を持っていません。会社という他人の利殖装置に忠誠心を持つのは気持ちが悪いと思っています。むしろ諸外国の人たちが利殖装置のような人工物に忠誠心を抱き、されにそれをポジティブな指標とすることに恐ろしさを感じます。  それと、こじかは「会社」に反感を持っていないものの、「人事部」と「人事部員」に対しては極めて強烈な反感を持っています。もし、私に力があれば「人事部」を解体する欲望を持っほどです。「人事部」以外ならたとえ気に入らない上司に対してもそんな反感を持ったことはありません。それだけ「人事部」は特殊な存在です。このように、こじかは引用記事が説明するような典型的なサラリーマンです。  ただし、労働生産性のくだりには異論があります。日本企業の生産性の低さは記事の通りですが、その原因が「働き方」の仕組みにあるとは思いません。日本企業は生産性がゼロもしくは大幅にマイナスの人たちを大勢抱えています。その人たちの存在によって一人当たりの生産性で各国と比較したときに見劣りするのだと思います。つまり、「働...

人口減少時代をどう生きる

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木下斉氏が指摘する“3つのシフト 人口減少時代をどう生きる? 専門家の見方(Yahoo! 2017-10-4記事) ” 「今の市町村単位の自治体の経営が成り立たなくなるのであれば、再編し、より機能的かつ効率的な単位で行政を運営すればいいだけ。20万人の人口が5万人になったにもかかわらず、20万人時代の自治体単位のまま行政サービスやインフラ量を維持することは無理なのが当然ですし、何よりそもそもサービスを提供する先の市民が減っているのですから、コンパクトな組織になるか、もしくは他自治体と合同するのは必然です」と言う。  一方、地方政策の根幹には、都市と地方の対立を前提としているところに問題はあると言う。「地方を活性化させるためには、東京など都市部をとっちめて、奪おうという発想自体が根底にあったりします。ですが既に都市は国際競争時代で、都市は国内で闘うのではなく、アジアのさまざまな成長都市と競合し、優位なポジションを確立しなければいけません。国内で都市と地方で互いに奪い合ったところで、日本全体が良くなるわけではなく、むしろ東京を叩いて今ある経済力を削いでいけば、むしろ今都市部から分配している財源もなくなり、国としての競争力も落ちていくことになります。それでプラスになるのは東京でも、地方でもなく、他国の都市です」”  一口に人口減少への対応といってもいろいろな面で発想を転換しなければならないと痛感させられた記事でした。例えば「自治体」から「都市圏」へ、とても斬新な考えなのですが説明をよく聞けばこれからの時代に合った合理的な考え方であると納得できました。  単純に考えるれば、これからの人口減少時代には都道府県に関係なく自治体が合併せざるを得ないということ。おそらく地方自治体の大再編がやってきます。このところ地方公務員がやけに張り切って公務員らしからぬ頑張りを見せているのは、公務員大競争時代を見越しての生き残り戦略なのかもしれません。素直に考えれば、自立できずに吸収合併された自治地の職員はリストラの憂き目にあるでしょうから。公務員も必死なのですね。  それにしてもハコモノ行政の典型的な失敗例の「青森アウガ」と特化型の成功例「岩手県紫波町のオガールベース」は本当に好対照の事例でした。「青森アウガ」も成功を望んでやったわけで、青森市民が気の毒でなりません。そして「オガール」のほうは...

巨大ショッピングモールが死んだらどうなる

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危機に瀕する「商店街」、そもそも地方都市の中心部に必要なのか 「遺産」を食い潰した商店街の凋落(現代ビジネスオンライン 2017-10-3記事) ” ただし蜜月は長くは続かなかった。外圧を受け90年代に大店法がなし崩しに解体されるなかで、巨大なショッピングモールが郊外に林立し、商店街の客を奪い始める。  たんにモータリゼーションの進展や郊外化によって地方都市の交通のあり方が変わったからではない。それまでの多くの商店街の繁栄が、厳しくいえば大店法の規制の上にあぐらをかいたていたことが問題の核心にある。  郊外に建てられたショッピングモールは、新たなグローバルな流行を次々と取り入れることを特徴とする(参照「巨大化するショッピングモールは、地方都市の『最後の希望』か『未来の廃墟』か」)。だからこそ商店街がそれに対抗することはむずかしかった。  大店法によって逆説的にも守られた既存の大規模店舗に集まる客をあてにして、むしろ投資を少なくし、できるだけ時を止めることが、多くの商店街で経営の最適解となったからである。”  地方都市の商店街の衰退を過去の背景を踏まえて深く分析した良い記事です。栄枯盛衰、奢れる者久しからず、考えさせられました。記事の分析の通り、商店街は新陳代謝を止める戦略で成功をつかみました。しかしそんな歪んだ成功は一時的なものに過ぎず、時間の経過とともに戦略は優位性を失ったということです。  商店街の店主一人ひとりは最善の道と信じてやって来たのでしょうし、既得権益を最大限活用しようとするのは悪いことではありません。しかし、新陳代謝を止めてなお永遠に繁栄することは考えにくいものです。多少気の毒ではありますが、過去にしこたま儲けて蓄財したはずですから、商店街が衰退したところで食うに困らないでしょう。ものごとには始まりがありいつか終わりが来るものです。花も風も街もみんな同じです。  10年20年のスパンで過去を振り返ると商業や流通のあり方は変化の連続でした。おそらくこれからも大きな変化を伴いながら移ろっていくのでしょう。今でこそロードサイドの店や大型ショッピングモールが幅を利かせていますが、これだって将来どうなるかなんてわかりません。  すべての商店をなぎ倒した後に、巨大ショッピングモールが死を迎えたら、地域住民への影響は商店街の衰退の比ではありません。10年後、このよ...

中古マンションの購入ポイント

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設備重視なら築浅、立地重視なら古いマンション? 中古マンション購入で、おすすめの築年数は? 不動産のプロが4つのポイントで解説!(住まいの大学 菅正秀 2017-9-28記事) ” 中古マンションの価格は、築20年ぐらいまでは規則的に下がっていきますが、築20年あたりからそのカーブが緩やかになっていきます。つまり、築20~25年程度で中古マンションは底値になるということです(参考資料:2015年中古マンションの築年帯別平均価格/東日本レインズ)。これは、別の記事にも書きましたが、築年数の古いマンションであっても、賃貸に出して家賃収入を得ることを目的に購入する投資家層がいるため、価格が大きく落ちなくなるからです。  私の住んでいる地域では、昭和50年代のマンションも、平成10年前後までの年代のマンションも、平均して2000万円ぐらいで取引されています。また逆に、築5年以内の築浅物件は、売り主の住宅ローンの残高が減っていないケースが多く、価格を下げて売却すると住宅ローンが返せないので、物件価格が高くなる傾向があります。”  中古マンションを購入する上で大変参考になる良い記事でした。「日本人は新築志向」みたいな神話が今でも宣伝されていますが、2016年のマンション流通件数は中古が新築を上回ったように、現代の日本人は不動産と賢く付き合う術を身につけています。  これから劇的に人口が減少し、それに伴って経済圏も縮退していきます。そのような中で新築といえどもタワーマンションや駅から10分以上かかるようなマンションの人気は落ちていきます。将来的に管理組合が破綻するリスクが高いことを皆知っているからです。  記事のように上手に中古マンションを手に入れ、好きなようにリフォームして暮らす。見栄を張らず背伸びをしない、とても健やかなライフスタイルだと思います。バブルがはじけて二十数年、すごくまっとうな時代になりましたね。

「活躍」という気持ち悪い言葉

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20代大卒女性が「活躍」より「家族との時間」を求めるのはなぜか(Yahoo!ニュース 特集  2017-9-27記事) ” 「2020年までに女性管理職比率を30%に」を合言葉に、政府が旗をふる「女性活躍推進」。しかし、「活躍予備軍」であるはずの20代大卒女性からはこんな声が漏れてくる。「普通に働きたい」「『活躍』より『家族との時間』が大事」。男女雇用機会均等法施行から30年あまり。社会全体が活躍を後押ししようとする中、彼女たちの心が動かないのはなぜなのか。”  「女性の活躍」、なんとも言いようの無い気持ち悪さを感じると同時に、女性を見下したような残酷さ感じます。かつて同じような言葉に出会ったことを思い出しました。「女性の社会進出」や「ジェンダーフリー」といった言葉です。  女性管理職比率30%=女性の活躍? アホですな。非管理職の女性は活躍していないとでも言いたいのでしょうか。この活躍の定義には正面から反対です。あまりにも女性を馬鹿にしすぎています。  「女性の活躍」「女性の社会進出」「ジェンダーフリー」これらの言葉に共通するのは、生物としての女性の位置づけを見誤っていることです。遺伝学的な特徴からして女性こそが主であり、男などは進化を加速させるために遺伝子をばら撒くだけの存在に過ぎません。おまけみたいな存在です。現代社会ではさも男が偉そうに見えるだけで、実際には女性を中心に世の中は動いています。  当の女性は頭が良いし勘も鋭い。おそらく彼女たちは「女性の活躍」なる言葉の裏にある邪な動機を見抜いています。あえて一般職を選んだり、家族との時間を大切にする女性が多いのはその現われでしょう。  心配しているわけではないのですが、またぞろ奇怪な言葉がマスコミをにぎわしているので気になりました。たぶん、「女性の社会進出」や「ジェンダーフリー」を流行させた奴らと同じ根を持つ極悪な奴らがばら撒いているのだと思います。